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洛南高校時代は陸上部に所属。100m11秒02を記録し、インターハイにも出場している。
現在は、日本全国を飛び回り、テレビ・ラジオに幅広く活躍。月間250kmのトレーニングや大会への参加等タレント活動と平行して、アスリートとしての活動にも力を入れている。
また、2010年4月からは、京都美山高等学校の「特別顧問」として特別授業を行っている。
京都マラソンのコースを見て、「世界遺産やメジャーな観光地、また全国の陸上競技部員の憧れの駅伝コースまで入っていてすごい」と思いました。このような贅沢なコースを「走らせていただく」という気持ちが、我々ランナーには大切なことだと思います。
この大会のために京都の道路交通網は遮断されますし、車を使用される職業の方は仕事になりません。また、コース上にあるお店などにも大変ご迷惑をかけることになると思います。
ランナーは本当に「感謝」して走らないといけないです。この大会にたずさわっておられる、スタッフやボランティア、そして住民のみなさんのご協力がないとレースは成功しません。我々ランナーは「道路に唾をはかない」「ボランティアさんにはありがとうと言おう」「沿道の応援には笑顔で対応しよう」そんな品格のあるランナーでいたい。この京都マラソンに関わったすべての人が「参加できてよかった」って言える素晴らしい大会になってほしいと思います。
京都マラソンが、世界のランナーの憧れの大会になることを目指して、みんなで歴史の幕を開けましょう!
1976年京都府宇治市生まれ。立命館宇治高校から旭化成に入社し、96年アトランタ五輪1万メートルで5位入賞、97年アテネ世界選手権1万メートルでトラック初となる銅メダルを獲得するなど、日本女子長距離界のトップ選手として国際舞台で活躍。旭化成退社後は豊田自動織機に所属。佐倉アスリート倶楽部 小出義雄氏の指導を受け、03年パリ世界選手権マラソンで銅メダルに輝き、トラック、マラソン両種目のメダルを手にした。05年2月からは、競技人生の集大成として自らの考えと計画のもとでマラソンに挑戦。06年8月27日「2006北海道マラソン」を最後に第一線から退く決意を表明。
現在は“スポーツで世の中を元気にしたい”という目標をかかげ、マラソン大会のゲストランナーを中心に講演会、メディアなど幅広く活動。また、千葉真子の「BEST SMILEランニングクラブ」を立ち上げ、市民ランナーの指導や普及活動も積極的に行っている。
世界各国のマラソン大会を駆け抜けてきた私の心に刻まれているのは『おもてなしの心』が感じられる大会です。
市民マラソンはランナーだけが主役ではありません。大会を支える人も応援する人もボランティアも皆が主役になり楽しめるお祭りなんです!
「頑張って」「ありがとう」が京都の街をこだまするBEST SMILEな1日となりますように…。大会が開催出来る平和に感謝し、生きる喜びを共に分かち合いましょう!!!
1987年3月神戸大学医学部を卒業し、国立大阪病院臨床研修医を経て大阪市立大学大学院医学研究科を修了。
1996年1月には日本学術振興会特別研究員となる。
2003年9月に奈良先端科学技術大学院大学遺伝子教育研究センター教授に就任。
2008年1月に京都大学物質-細胞統合システム拠点iPS細胞研究センターセンター長に就任。
2010年4月に京都大学iPS細胞研究所所長となり、現在に至る。
全国都道府県対抗女子駅伝、全国高校駅伝、全国車いす駅伝。京都市では、駅伝発祥の地に相応しく、たくさんのロードレースが開催されており、「都大路」は全国のランナーの憧れの地であります。私も時間があれば市内をランニングしているのですが、京都には四季折々の顔があり、とても魅力的なコースだと感じています。当日は、沿道の皆さんの温かい声援を励みに、全国のランナーの皆さんと共に、京都の観光名所を駆け巡りたいと思います。
1963年沖縄県那覇市生まれ。20歳で会社創業。新システム開発により成長。
アメリカのIT事業視察の帰り、千葉県にて踏切事故により両下腿切断。高次脳機能障害(記憶障害)を負う。事故より20ヶ月間入院。会社の危機のため急遽退院。
2003年社会復帰。同時に再び社長に就任。会社再建に立ち向かう。
2004年11月両足義足でトリムマラソン3キロに初挑戦。
その後、ホノルルマラソンバンクーバー・ゴールドコースト・NYシティマラソン等海外のマラソンや各地の国内マラソンに出場し、いずれも完走。
2006年1月アルゼンチン・アコンカグア峰への登山に挑戦。その後、富士山登頂や、ツール・ド・おきなわ沖縄本島一周完走など活動を続けている。
現在も「あきらめない習慣」を身に着けるためマラソンそして登山を続けている。
株式会社ラシーマ代表取締役社長の責任を果たしつつ社会貢献活動として要請がある機関・学校には『講演会講師』として出向いている。
著書に「義足のランナー」(文芸社)がある。
第29回(2006年度)「琉球新報社会活動賞」受賞。
第20回(2007年度)「ランナーズ賞」受賞。
【主な著書】「義足のランナー」
京都マラソンを楽しみにしています。これまで支えてくださった方への感謝の気持ちを込めて走ります。
これまでニューヨークシティーマラソン、ロンドンマラソン等映画や本でよく見るような名所を走るマラソンに参加してきましたが、それらの全ては苦しい時や嬉しい時の記憶が名所と共に思い出される素晴らしいコースでした。そうした中でも今回開催される古都「京都」を走る京都マラソンは夢のようなコースだと感じます。これだけ多くの名所、旧跡を一度に巡るコースを走れることは最高の思い出になると思います。
1972年、兵庫県生まれ。同志社大学卒。大阪ガス所属。アトランタ、シドニー、アテネ、北京の4大会連続でオリンピックに出場。北京オリンピック4×100mリレーで銅メダルを獲得、陸上トラック競技日本男子初の快挙となった。2008年に現役引退。後進の指導に力を注ぐ。2011「京都スポーツの殿堂」入りし、子供たちや市民にスポーツの魅力を伝える。
記念すべき第1回京都マラソンに応援大使として参加できることができて,大変嬉しく思っています。
京都マラソンのコースは、歴史、伝統、文化、自然など、京都が持つたくさんの魅力を感じることのできるコースだと思います。また、スタート地点である西京極総陸上競技場は、私にとって、練習を重ねてきた思い出深い場所でもあります。「陸上の聖地」とも言われる西京極総合運動公園を15,000人ものランナーがスタートする光景は、迫力がありそうですね。
ランナーの皆さんが、沿道からの応援を力に変え、京都を楽しんで走ることができるよう、心から健闘をお祈りしています。
1972年、京都市生まれ。同志社大学大学院修了。幼少よりシンクロナイズドスイミングを始め、同志社大学在学中の92年バルセロナオリンピックのソロ、デュエットで銅メダルを獲得。現在はスポーツコメンテーターとしてテレビや講演会で活躍。3児の母。京都市教育委員。
京都市民の一人として、国内外から、たくさんのランナーをお迎えできることを誇りに思っています。
京都マラソンは、「東日本大震災復興支援」「京都・日本の活性化」をメインコンセプトに開催されます。あの震災を経験して、誰もが家族や人と人とのつながりの大切さを改めて感じているところではないでしょうか。京都マラソンをとおして、みんなの心が一つになり、ここ京都から元気や力を発信できるよう、大会を盛り上げていきたいと思います。
参加されるランナーの皆さん、それぞれの目標に向かって頑張って走ってください。そして、ぜひ笑顔でゴールしてくださいね。
兵庫県出身、現在は京都市在住。大学卒業後、OL経験を経て、知人の紹介でDJ・タレントへ。現在、一週間に、レギュラー7本、20時間以上の放送を持ち、キュートなボイスとハイテンショントークで、リスナーに『元気』を届けている。
仕事のハードスケジュールの中、向上心・探究心を常に持ち続け、2007年には韓国・延世(ヨンセ)大学に1ケ月の語学留学。2008年4月から2年間は、母校である京都産業大学の法学院(大学院)に入学、2010年3月に修了。また、2010年4月からは、コミュニケーション能力をさらに深めようと、コーチングを勉強。
【現在出演中の番組】
α-STATION 「CHUMMY TRAIN」「J-AC TOP40」
KBS京都(テレビ)「谷口イズム」 他
『マラソン』は走る人と走らない人に分けられるけど、『マラソン大会』は単に走る人と走らない人だけではなく、それを楽しむ人と楽しまない人に分けられると思います。走る人はもちろん、走らない人でも自分なりの楽しみ方があるはず。応援したり、お手伝いしたり、自分ができる、自分流の楽しみ方があるはずです。わたしたちが暮らして、働いて、学んで、日常生活を送る京都の街が舞台となる京都マラソン。単なる生活の場としてだけではなく、京都マラソンという檜舞台で自分流に参加して是非楽しみましょう。ランナーズハイは無理でも、マラソン大会ハイには誰もがなれるかも、です!